「迷い」について

「私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。
 しかし、主は、私たちのすべての咎を彼(イエス)に負わせた。」
                               イザヤ書53章6節

 今、たくさんの人が、随分「迷っている」のではないでしょうか。
 中には「迷い」がこうじて、ノイローゼになってしまうという人もおります。

 私たちが「迷い」に会うときには、強弱を問わず、いわゆる「葛藤状況」に陥入りますね。
 そして、その葛藤した心の分れかたがひど過ぎると、ある人は病気にさえなってしまいます。

 

 また、ある人は極端な、反動的な行動に出たり、あるいは、何の関係もない人に、八つ当たりをしたりしてしまいます。そして、お互いに、いやな思いになってしまいます。
 私たちは自分が、本当は「迷っている」羊のような存在であることを素直に認めるべきではないでしょうか。そうするときにこそ、まことのものを見出すことができるのです。

 

 私の知っているひとりの中学校の教師は、自分の体力に誇りを持ち、運動も良くでき、いわば、ステキな男性でした。ところが、あるとき、突然、理由の分らない不眠症に襲われてしまったのです。
 大変悩みました。とうとう精神科のお医者に行きました。しかしなかなか思うようになりません。

 彼は、この時にはじめて、自分の弱さもろさを痛く知らされ、真剣に、人の魂に必要なものは、何なのかを、心の中で思いめぐらしたようです。
 

 やがて、教会に来、そして、イエス・キリストの、すばらしい福音に接し救われました。
 今、いつも笑顔があります。


 皆さん、人間なんて、本当に弱い者なんです。
 なぜ弱いかというと、本当の真理につながっていないからです。
 また、罪を犯してしまって、からだに「滅び」の原理の力が入っているからです。
 私たちは、みんな、まことのいのちの道に帰らなければなりません。
 あなたをも、主イエスは招いておられます。

JAPAN LUTHERAN BRETHREN CHURCH

日本ルーテル同胞教団